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2008年01月 の記事一覧

「楽しみの種」を拾おう!

「楽しみの種」を拾おう!
ごく最近の講演で、使い始めました。

ズーッと気になっていたことがあります。

・なにをやっても楽しそうにする人
・なにをやってもつまらなそうにする人

いったい何が違うのか?
僕は「楽しみの種」を拾うかどうか?だと思います。

そこに落ちている楽しみの種に気付く。
拾って植えてみる。水をやり、情を注ぐ。
芽が出る。花が咲く。

楽しめる人は「種拾い」や「種育て」が上手。
他人がどんなに「オモシロくない」「つまらない」「苦手」「退屈」と言うものでも、
そこにある「楽しみの種」を見付け、育て、花を咲かせられる人。

誰かが植えて、キレイに咲かせた花を見る。
「わぁ〜キレイやなぁ」
これはこれでイイ。

でも、自分で植える。自分で育てる。
それを自分で経験する楽しみや、
例え、花が咲かなくても
「どんな花が咲くんやろか?」とワクワクした思いは無駄にならない。

このワクワクを楽しめる人は、なにをしても楽しみを見付けられる人。
結果はどうであれ、プロセスを楽しむことのできる人は、
きっと楽しみの点が線でつなげられる人。
失敗しても、原因の点まで戻れる人。

家事や子育ての楽しみは、やってみないとわからない。
「やらされる」「なんで僕が…」
そうやって思っているウチに、足下の種を踏みつぶしていることもあるはず。
種だけじゃなくて、勝手に生えてきた芽まで踏みつぶすことも。

「なんか落ちてないかな?」
そう思える人にだけ、楽しみの種は見付けることができる。
実際に「落ちてるのを拾ったら花が咲いたんです!」という人がいると、
「ホンマに楽しみの種は落ちてるんや!」と、
少しは信じてもらえるような気がします。

そのつもりで探せば、きっと見付かるはずです。
そして、結果だけじゃなくて、
プロセスのワクワク感に気付ければ、
きっと毎日が楽しくなります。

こんな思いを込めて「楽しみの種」を拾おう!を使っています。

さいたま市での講演

さいたま市での講演。久しぶりの職員研修でしたが、今回は納得の内容でした。

大会場と職員研修(当たり前ですけど爆笑してもらえないんです(T_T))がこれまでの僕の鬼門でしたが、今回なんとか克服できた感じです。

これは、システムブレーンの写真である、安宅仁さんが書かれた『プロ講師になる方法』が参考になりました。89ページの「講演で爆笑はない」や、122ページの「どんな講演でも寝る人は寝る」が活きました。これまで、「笑ってもらえない…」で焦ったり、「寝てる人を起こしたい!」と話がクドくなったりしてました。これを読んで、笑ってもらえなくても、寝られても、平常心でいられるようになりました。

ただ、まだヘタレの部分も残ってまして…マイク持って客席に降りるのができませんでした。「このノリで降りて大丈夫か?」という思いが一瞬よぎり踏みとどまってしまいました。もうちょっと根性座ったら降りられるんでしょうけどね。やっぱり近づくと、親近感湧くし、その分気持ち込めて話そうと思うし、聞こうと思ってもらえるような気がするんです。

Img_0049s.jpg浦和駅まで主催者のスタッフが車で送ってくれたのですが、車内で僕が講師の候補に挙がった経緯を聞くことができました。担当職員の投票で「話聞いてみたい!」ということで僕に決まったそうです。期待されて指名してもらったんやぁ!とうれしかったです。この写真は、会場の玄関から、前泊した浦和ロイヤルパインズホテルをバックに。

期待に応えることができたかどうか、今日のアンケート結果が気になりますが…精一杯できたので、今回はどんな結果であっても受け入れられます。

もう一つ、気になるモノがあります。昨日、晩ご飯を共にした、熱血主夫さんに今日の講演を録画してもらったのです。最前列に構えるビデオ。やっぱりチョット意識して、講演中の姿勢や立ち位置も考えました。でも、やっぱり後で見たらクニャクニャやろなぁ(^^;

今日、講演会場入りした車を降りる時に、右の膝を痛打しました。痛くて楽屋で熱血主夫さんに「痛いです」というと、「あの〜なんにもなくて講演するってないの?」って言われました。風邪ひいてる、ディスクを忘れた、腹具合が悪いなどなど。ホンマに、なんにもなくて講演に臨めるというのが少ないです。今度こそ、完璧なコンディションで!(笑)

愛媛県大洲市で講演

道中の行程は、ほぼリアルタイムの「出張中継」に譲るとして…
今日は、朝6時起きの7:39近鉄丹波橋発で愛媛県大洲市の日帰り講演ツアーに行ってきました。

なんせ天気が良かった。家を出た時、空からは雪。名神高速道路の天王山を越えるまで雪景色。それが岡本太郎の太陽の塔を通る頃には、晴れ間が。「講演晴れ男」は今日も健在でした。昨日までは雨やドンヨリ曇り日だったそうです。

Img_0030s.jpgところで、「大洲市」というと、ある年齢以上の方にとってはNHKの朝ドラの「おはなはん」ではないかと思います。義母をして「後にも先にも『おはなはん』ほどいいドラマはなかった」と言わしめる名作という話です。僕は「おはなはん」を見たことがありません。それもそのはず、「おはなはん」のオンエアーは、昭和41年から42年4月です。僕は、まだこの世に生まれてません。「母のお腹の中で」という話もあろうかと思いますが、その当時、家にはテレビがなかったはずです。

というわけで、写真は「おはなはん通り」ですが、講演の後で寄りました。講演でも「つかみ」で使わせてもらいました。

今日は、家族の紹介ビデオがことのほかウケて、「おおお!ものすごいノリの良さ」と最初からイイ感触でした。

天気もイイし、
お客さんのノリもいいし、
今日も絶好調ぉぉぉ〜〜!

といきたいところだったのですが、どういうワケか、最初から最後まで言葉を噛みまくりました。なんだかいつもスッと言えるフレーズを言い直したりり、まるで「ちりちてちん」の徒然亭草原さん兄さんのようでした。原因は、寝不足かもしれません。昨晩、眠りが浅かったんです。

噛みまくりの影響は、他にも。間のとり方がもう一歩でした。ドッと笑いをとった時には、十分笑ってもらってから、次を喋るのがイイのに、笑ってくれてる最中に次を喋り始めている感じでした。せっかくの笑いを活かしきれなかったように思います。余裕がなかったのは、噛みまくったせいもあるだろうけど、ネタを盛り込みすぎてたのかもしれません。まぁ、講演を始めた頃は、「間のとり方が…」なんていう反省点は考えもしませんでした。「間が…」と思えるようになっただけでも進歩してるってことかな?

Img_0020s.jpg最後の質疑応答で、「僕は育休を取ったのですが、職場に復帰して以降、思ったように子育ても家事もできてなくて、妻に申し訳ないのですが、どうしたらイイでしょうか?」という質問を受けました。今は、育休を取るだけでもタイヘンなことだとおもうのですが、取ったら取ったで育休中やその後もタイヘンだと思います。

「育休を取ったんだから、もう子育てや家事は関わらなくてイイでしょ?」という問題ではありません。ただ、育休中の仕事の補充負担を考えると、職場の人も育休を取った人も「貸し借り」ができたように感じるかもしれません。そのことが家庭にも持ち込まれるケースは、当然出て来ると思います。

「『僕もホンマはせなあかんのに、十分にできてなくて申し訳ない』という気持ちがまず大切で、その気持ちがあるというのはすばらしいことです!」と答えました。彼はカップルで来場してくれていたとわかったので、「こんなカップルを、『応援してるで!』という会場の方、拍手をお願いします!(パチパチパチパチ)ほら!みなさん、応援してくれてますし、なんかあったらみんなに声かけてみてはどうでしょう?」と締めました。ちょっと締めすぎたみたいで、次の質問が出ませんでした(笑)

Img_0023s.jpg後で、質問された男性が僕のところに来て下さり、少し話をしました。とにかく育休取った経験のある男性が幸せそうに過ごしてるのが大事やと思うんです。それを見て「ほな、僕も」となって欲しいんです。なにも育休取得だけが目的ではないのです。育休が終わった後も、できれば定時で帰れるような仕事の仕方に職場がシフトチェンジすると、「もう一人子どもを」と思う得るようになるかもしれません。「育休は取る方も取らせる方もタイヘンや」では、なかなか「もう一人!」「次は僕も育休を!」と思えないんじゃないでしょうか。この男性から「ハイツー物ではなく今日の講演の内容が書かれた本は出てないのでしょうか?」と聞かれました。「やっぱり?」な問い合わせでうれしかったです。

今日は「プロ主夫山田亮の手抜き家事のススメ」を15冊持って行きました。あっという間に完売でした。全員にサインしたような気がします。完売の後は、恒例の主催者の皆さんと記念撮影。「姪っ子が名大の保健学科に行ってて、先生の奥さんの話を聞きながら、その子のことを思い出してました」「え?妻は5年ほど前は名大で助教授してたんですよ」という人もいれば、「今度、娘が同志社大学に進学します」「あ、ウチの沿線ですよ。なにか困ったことがあれば、ウチを使って下さい」という人もいました。なにかつながるモノがあるんですね。どこで誰がつながってるかは分からない。一つ一つ大事にすると、きっと自分も大事にしてもらえるカモ、と思っています。

明日は、東京で研究会があり、夜は浦和で一泊します。

金沢市での講演でリハビリ

先週の京丹波町での講演からはや一週間。
先週は、体調不良の中なんとか乗り切った感じでしたが、今週は無事に回復し講演に間に合いました。体調が戻ったところで回復具合を確かめるべく金沢市での講演でした。

不思議なことに、今日は始まる前チョット緊張しました。事前に聞いてた聴講者の倍の人数が入ってたのと、普段と違って男性とくに年配男性が多く、皆さん表情がかた〜くて緊張が伝わったのかも。僕は、ちょっと緊張するくらいでないとアカンので、ちょうどイイ感じでした。リラックスしすぎていると、話が脱線しすぎてちゃんと進まないんです。

七尾市の時も思ったんですが、金沢というか石川県って、意外とノリが良いですね。七尾の時も「あれ?」と思いました。こんなコトいっちゃなんですが、地方はシャイな方が多く、なかなか笑いが起こらない地域もあるのですが、今日はなんだか会場のノリがものすごかったです。最初から笑って下さって、僕も話しやすかったです。

金沢は、学生時代に何度も何度も来てます。宮本憲一先生の前任が金沢大学ってこともあり、なんやゆ〜ては金沢でした。飲食街の香林坊もかなり通いました。なのに、よくよく思い返してみると、兼六園にはまだ1回も行ったことがありませんでした。こんな話から入りました。

やっぱり、その土地に行くと、その土地のコトを話題にしないわけにはいきません。古典的だけど、これが一番、親しみをもって聞いてくれるネタじゃないかと思います。ましてや、よそから来た人が実はこの土地のお馴染みだったり、「前から一度来たかった」と言ってもらえると、そりゃ誰だってウレシいもんです。うれしい話からはいる。ありふれて古典的だけど、僕は自分よりも年配の人を相手に話すことが多いから、そのことによって安心感を与えることもできるような気がします。

時間キッチリに話し終わったたので、質疑応答の時間がなくなってしまいました。これはチョット残念。それと書籍販売もしたのに、サインする間もなくあっという間に売り切れてしまって、これもちょっと残念。あの買ってもらってサインする時に、チョット話をする機会があるのが、楽しいんですけどね。でも、今回は主催者さんがアンケートをとってたみたいなので、それが送られてくるのを楽しみにしています。

講演の後、控え室で一服し、その後、階段を下りようとすると、去年、「ウィルあいち」で講演した時に参加して下さっていたと仰る女性と会いました。この仕事は全国あちこちに行けるのですが、同じ場所に行く機会と、同じ人に会う機会が少ないのです。だから、2回目!というのはとってもうれしいです。

Img_9894s.jpg会場を出て金沢駅まで送っていただき、少し新しい駅を案内してもらいました。この鳥居は、柱がよく見ると鼓になっています。金沢で盛んな「能」をモチーフにしているそうです。以前の金沢駅がどんなだったか、まったく思い出せないような風景になってました。

結局、今回も兼六園には行けずでした。また、時間を融通してゆっくり来られる時にします。

講演は、イイ感じで盛り上がり納得の内容でした。ただ、やっぱりまだ体調が今一つなのか、往復の時間がものすごく長く感じました。これから先、もっともっと時間のかかる所に行くのに、金沢くらいで長く感じてたらマズいですね。

京丹波町で講演してきました

Img_9880s.jpg風邪で寝込んだこともあり、ちょっと前後しますが…京丹波町で講演しました。かなり寒い日でしたが、雪は降らず園部駅からも快調に会場入り。

ちょっと地理感が鈍っていたので、ウッカリしていたのですが、4月から受けもつことになる明治鍼灸大学(4月から明治国際医療大学に名称変更)はかなり近い大学だったのです。参加者の「近所に住んでるんですか?」という期待の声も。残念ながら「伏見区在住です」でした。でも、この先、聴講された方とバッタリお会いするかもしれないわけですね。

町長さんの挨拶があった後、「きらりフォーラム2008」のネットワーク会員による寸劇がありました(その模様は町のサイトでも)。姑さんが「娘の夫が子育てに協力的なのは大賛成だけど、息子が子育てや家事させられてるのは納得いけへん」という生々しくも現実的な内容の寸劇でした。とくに姑さん役の名演技に会場も「こんなオカンいるいる!」と爆笑。

講演は、始まってしまうと、ホントにいつものペースでした。緊張感と「次に来る機会は?」と考えると、限られた時間精一杯喋って喋って喋りまくりました。後半、鼻水がズルズル、滑舌も悪くなり、なんどか言い直す場面も。それでも、熱心に聞いてくれ笑ってくれる聴講する皆さんに支えられて最後まで無事話しきりました。

毎回、楽しみにしている質疑応答も、できる限り答えたつもりですが、後から「ああ答えておけば」や「こういう見解も伝えた方がよかった」というのがあったかもしれません。最後に、フォーラムの会員さん達と写真を撮ったのですが、せっかくだったので、みんなで手をつないで「M」字型に繋がればよかったや!と後悔。

2008年最初の講演は、風邪で体調今一つでしたが、内容としてコケてはなかったと思います。2007年最初の講演は、今考えると「もうちょっとエエ内容にできたやろ」という思いがあります。その点では、ちょっと進歩した感じがしてます。