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2011年05月 の記事一覧

連合広島で講演しました

徳島での講演から一日空いて、今度は広島へ。台風の経路が気になっていたところ、僕が移動を始める時間には、晴れ間も見え始め傘を持たずに出発できました。広島に着いた頃にはスッカリ晴れて、久しぶりに「晴れ男」になりました。

今回は、連合広島主催の講演会。広島市での公演は、昨年9月の中国地方電力総連主催の講演以来。労働組合のワーク・ライフ・バランス講演が続いています。ちなみに次も労働組合のワーク・ライフ・バランス講演です。続いていると、新しいことを取り入れ、どんどん改善が進みます。

あらかじめ「男性が多いと思います。当日になってみないとわかりませんが…」と聞いていたのですが、予想以上に女性の参加者も多く、ザッと見回したところ半々くらい。「ワーク」「ライフ」の捉え方で両者の区分は緩くスパッと区切るのは難しいという話など、少し堅めの話を用意していたのですが、打ち合わせで「柔らか目でお願いします」とリクエストがあったので、スライドはそのままに例え話を柔らかく入れ替えました。文字数の少ないスライドは、見やすいし変更が簡単!

今回、60分の講演ということで、90分の講演サイズから随分カットしました。家族の紹介VTRもカットしました。その結果、パソコンからの音声も無しで外付けスピーカーも不要でした(持っていきましたけど)。「僕の家庭での様子をわかってもらえるかな?」と心配でしたが、話だけでもだいたいのイメージをつかんでもらえている感触でした。VTRはカットしましたが、家族画像を入れていたのが良かったのかも。

前半はワーク・ライフ・バランスの概念や、直面する介護問題への対応としてWLBの必要性を話しました。後半は「今日からできるはじめの一歩」として家事自立生活自立の話をしました。若い男性参加者には熱心にメモをとったり携帯で撮ったりしている人もいました。興味もってもらえるのはウレシい限りです。

一つこれまでしたことの無い話をしました。
ワーク・ライフ・バランスは、決して仕事をエエ加減にしていいというモノではないというコトです。「鉄は熱いうちに打て」という言葉は、逆にいうと「打つべき時に打たないとどうしようもなくなる」という意味でもあります。グッと吸収すべき時に吸収しておかないと、後で吸収しようと思っても誰も教えてくれなかったり、吸収能力自体が落ちているものです。「人生は仕事だけじゃない」というコトと、「仕事には人生の価値がない」というコトとは全く別物です。こんなことは当たり前なのですが、「詰め込み勉強なんて価値がない」という中で育った学生達の中には、最初から最後までビッチリ一段落のレポートを出したり、希釈値がまともに割り出せない人も少なくありません。詰め込むべき時に詰め込まれなかった不幸だと思います。仕事も最初に詰め込むと後が楽になるのですが…(こればかりは他人のことをあれこれ言えません)。ワーク・ライフ・バランスとは、仕事についてガッと詰め込む時期と立ち止まって振り返る時期を自分で選ぶというものであって、決して仕事をエエ加減にしていいというものではないということです。

講演の後、執行部の皆さんと、雰囲気も良く料理も美味しい店で晩ご飯を頂きました。残念ながら新幹線の時間が来てしまい、宴たけなわの中で退席しないといけませんでした。またの機会に。

あいぽーとフェスティバル'11で人権問題講演会

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ここ数年「晴れ男」で講演地に晴れ間を提供していた僕は、最近、一転して「嵐を呼ぶ男」になってます。今シーズン最初の講演は、台風接近中のもとあいぽーと徳島で開催されたあいぽーとフェスティバル'11人権問題講演会でした。

約2ヶ月ぶりの徳島県。前回は、徳島県つるぎ町での講演でした。そのつるぎ町での講演は東日本大震災の翌々日。翌日には徳島県阿南市での講演もあったのですが、太平洋沿岸の阿南市には大津波警報が発令され、講演どころではなくなりました。あの地震の次は台風。どうなってるんでしょうか?晴れ間は届けられませんでしたが、講師仲間の鎌田敏さんから「笑顔を届けましょう!」とメッセージをもらい「それでいこう!」と。

会場がちょうど良いサイズでよかったです。マイクなしで講演するのは、声帯が丈夫でない僕にはちょっとキツいんですが、大きな声を腹から出して伝える方が気持ちを込められるので好きです。できれば、マイクもあまり感度の良くない設定の方が好きです。

この距離感の楽しいところは、聞いてる人の顔がよく見えるのと、参加された人によってはツッコミがもらえることです。今回も、要所要所で最前列のオッチャンのツッコミがあり、会話してるみたいな場面もあって楽しかったです。ツッコミを嫌う講師もいますが、僕はツッコミ大歓迎です。「ほら、あの人です…え〜っと、誰でしたっけ?」ということが加齢と共に増えてきた気がします。「☆☆やん!」「そう!その人です!」というのは、ちょっとした一緒感みたいで好きです。

ほどほどの参加人数のせいか質疑応答もどんどん出してくれました。

真っ先に、「将来の夢というか、この先どう考えてはるのか知りたいです」という質問を頂きました。
めったにない質問でウレシかったです。将来の目標を作って着実に近づいていくタイプの人がいる一方で、確たる目標をもたず、とりあえず目の前のことに全力尽くしていくタイプの人もいると思います。僕は後者で、5年後どころか、1年後も予想できない人生を歩んでます。流れに身を任せ、自分でもどこに流れ着くのかよくわからないコトを「どこに行き着くやろか?」と楽しんでます。「危ないな」と思った時だけ、川岸や川底をつついて座礁を防ぐ程度です。もっとも座礁したらしたで、そこから見える風景を楽しんだり、そこに住み着いたりしてそうですけどね。

これまためったにない質問で、「政府や社会全体に求めたり変革したいことはありませんか?」という質問がありました。
普段は、家事という超日常的なことを題材に語っているので、これまたなかなか発言の機会の少ないコトを話す機会を得ました。大きくはワーク・ライフ・バランス的なことが日本でもできるとイイなと思ってます。せっかく、個別に能力のある人達なのに、仕事中心社会でアウトプットばかりを求められ疲弊していると感じます。インプットの時間があればこそ、アウトプットも活きてきます。そのインプットの時間が学生時代だけではなく、生涯にわたって保障される社会になって欲しいし、そうあるべきだと思っています。

他にも、いろんな質問や提案があり、その都度のやり取りを楽しませてもらいました。あ、「社会福祉士ってどうですか?」というような質問もありました。人権フェスティバルならではの質問ですね。

僕は、「今日の講演はよかった」「今日はもうチョイだった」が、まだまだ瞬時に冷静に判断しきれません。映像や録音したものを見聞きすると、今度はダメ出しばっかりになります。ただ、こういう判断とは別に、たくさん交流できたかどうかは、僕のなかの満足を大きく左右します。そういう基準でいうと、今回の講演会はとっても楽しく満足!でした。

三田市男女共同参画推進委員に就任しました

依頼が届いてから公表をと思っていた分、少し遅くなりましたが、
この4月から兵庫県三田市の男女共同参画推進委員に就任しました。
任期は2年で2013年3月までです。

せっかくなので、いろんなことを提案しようと思います。
差し当たっては、

・父子世帯支援
・男性への家事、子育て、介護支援
・病児保育サービス
・男性DV被害者への支援

など、あんまり大々的には注目されてないけど、でもだからこそ公的な支援が大切なコトについて提案してみようと思います。

とくに男性の介護支援は、すでに大問題ですが、これからもっと問題になると思います。孤立しない家事や子育て、介護をなんとかしたいです。女性介護者の負担軽減も、男性市民の意識が高まることが大切です。

子育てと仕事の両立を考えた時、一番困るのが子どもが病気の時です。本当はスムーズに休みが取れたり、すぐに仕事を切り上げて、子どもの看病や通院に行ければいいのですが、管理職になったり、通勤距離が長い場合などは、どうしてもそれが難しくなります。帰り着くまでの短時間でいいから、保育園にお迎えに行って預かってもらえたり、病院に連れて行ってもらえたら、どんなに安心できることかと思います。


いろいろ提案しようと思ってます。そのことで、例え、僕の在任中に実現はできなくても、議事録には残るので、提案はある程度広まるし残ります。そうなることで、長い時間をかけて築き上げるための種まきになります。誰も蒔かなきゃ何も生えてきませんから。

他にも、「こんなのもやってみたら?」「これをやって欲しい!」というのがあれば、是非、ご一報下さい。

僕一人ではできるコトも限られてますが、少しでも三田市が市民の皆さんや周囲から「あ!それエエなぁ」と思ってもらえるような、ステキな町になればウレシいです。

男女共同参画社会を、男女"感謝と思いやり"社会として実現できるコトが超長期的な願いです。

三田市男女共同参画推進委員に就任しました

依頼が届いてから公表をと思っていた分、少し遅くなりましたが、
この4月から兵庫県三田市の男女共同参画推進委員に就任しました。
任期は2年で2013年3月までです。

せっかくなので、いろんなことを提案しようと思います。
差し当たっては、

・父子世帯支援
・男性への家事、子育て、介護支援
・病児保育サービス
・男性DV被害者への支援

など、あんまり大々的には注目されてないけど、でもだからこそ公的な支援が大切なコトについて提案してみようと思います。

とくに男性の介護支援は、すでに大問題ですが、これからもっと問題になると思います。孤立しない家事や子育て、介護をなんとかしたいです。女性介護者の負担軽減も、男性市民の意識が高まることが大切です。

子育てと仕事の両立を考えた時、一番困るのが子どもが病気の時です。本当はスムーズに休みが取れたり、すぐに仕事を切り上げて、子どもの看病や通院に行ければいいのですが、管理職になったり、通勤距離が長い場合などは、どうしてもそれが難しくなります。帰り着くまでの短時間でいいから、保育園にお迎えに行って預かってもらえたり、病院に連れて行ってもらえたら、どんなに安心できることかと思います。


いろいろ提案しようと思ってます。そのことで、例え、僕の在任中に実現はできなくても、議事録には残るので、提案はある程度広まるし残ります。そうなることで、長い時間をかけて築き上げるための種まきになります。誰も蒔かなきゃ何も生えてきませんから。

他にも、「こんなのもやってみたら?」「これをやって欲しい!」というのがあれば、是非、ご一報下さい。

僕一人ではできるコトも限られてますが、少しでも三田市が市民の皆さんや周囲から「あ!それエエなぁ」と思ってもらえるような、ステキな町になればウレシいです。

男女共同参画社会を、男女"感謝と思いやり"社会として実現できるコトが超長期的な願いです。

水煮肉片、美味なり

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我が家で中華の外食といえば、まずは「味苑」です。外食する価値基準はいろいろありますが、その中の一つが「自分じゃ作れないものが食べられる」です。「味苑」は、まさにその「自作不可能」な料理がお金を払うことで味わえる店なのです。

加奈子が生まれた直後(≒開店直後)から通ってるので、店のメニューもほとんど全部食べてますが、最近、また新しいメニューが加わっているので、ボチボチとトライしてます。

今日は「豚肉と野菜の激辛煮(水煮肉片)980円」を試しました。
上の画像の左がそれです。四川料理らしく山椒がピリリと効いて、口の中が痺れながらもどこかスーッとする辛さ、そこに唐辛子のズンとくる辛さ。そのバランスが絶妙でした。1口目は辛さを確認し、2口目を食べると額に汗がにじんできます。その後は止まらなくなる辛うまさです。

右は加奈子のリクエストの「エビチリ」です。少し辛いものが食べられるようになってきた加奈子は、今日、担々麺に目覚めてしまいました。

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「エビチリ」「水煮肉片」の他に「豚肉ともやしの辛炒め」「回鍋肉」、加奈子の定番「キュウリの香油あえ」「担々麺」などがテーブルに並びました。

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恐ろしいことに、あれだけあったお皿の上は、見事に唐辛子を残すのみになってしまいました。あれが全部、腹の中に入ったのかと思うと、不思議でなりませぬ。

今日は、看板料理人の劉さんではなかったのですが(劉さんは最近、赤池店の方が多いみたい)、俳優の荒川良々さんに似た顔なじみの料理人でしたので挨拶。向こうも、「あ、また来てるわ」という感じで「ニーハオニーハオ」と笑顔で挨拶。味苑の料理人はほぼ皆さん顔なじみです。そのお陰か、よく食後に杏仁豆腐のオマケがでます。メニューにはないお茶が出ることもあります。なんでもそうですが、挨拶ってのは大事です。そして決して損するモンではないと思います。

吃飽了!謝謝!

大人向けの食育が必要だ

食中毒:男児2人が死亡 同系列の焼き肉店で食事の件。

事件については、その原因の究明や経過を注視する必要はあると思います。亡くなった子どもに罪はなく、本当に気の毒です。

とはいっても、この種の件は、いつ我が身に降りかかるかわかりません。最終的には自衛しかないと思います。

一般庶民が、外食で生ものを食べられるようになったのは、おそらく最近のコトだと思います。寿司なんてのは、子どもが店でヒョイヒョイと食べられるようになったのは、回転寿司の登場以降でしょう。それ以前は、子連れで寿司に行くには、親は一大決心して、財布の中身をシッカリ確かめてのれんをくぐったと思いますし、入ったとしても、庶民は「それはダメ」「こっちならOK」とシビアだったと思います。

ましてや魚よりももっと管理が難しい獣肉など、まともに管理しようと思ったら安く売れるはずありません。

そのくらい、生ものを管理し販売するには、本来コストがかかる(はずの)モノです。冷凍&解凍方法や流通技術が進み、安価に食べられるようになったとはいえ、生もののもつリスク自体が減ったわけではないですし、やっぱり生もの摂取は注意が必要ですね。

子育てに関われば、子どもへの食事が慎重だったのを思い出すはずです。乳児にハチミツを食べさせてはいけない(乳児ボツリヌス症の影響を考慮の理由)や、アレルギー反応をみながら卵も少しずつ(黄身からだったか白身からだったか忘れたけど)というように。

子どもに「それ美味しそう!食べたい」と言われても、親がチャンと「子どもは消化器官が未熟やからダメ」と制止しないとアカンと思います。酒やタバコ以前に、こういうところもチャンと社会教育が必要やと思います。とくに離乳食などへの関わりが少ない男性は要注意です。

「食育」は、大人が子どもにするのが一般的かもしれませんが、僕は、大人が「食育」できる機会を提供するのも大切だと感じています。

間違った栄養情報が蔓延しているせいか、貧困でもない裕福な高齢者が栄養失調になっているケースも見られます。逆に、栄養過多で肥満傾向児の割合は年々増加しているようです。それに呼応する形で、体重減を目指す「ダイエット」(本来は食事という意味ですが)情報もあふれかえっていますが、偏った食事で体調を崩している人が大勢います。「これを食べれば治る」という霊感商法まがいの商売もあとを絶ちません。

「大人は食べ物のことをわかっている」というのは、願望としてはありますが、実際のところは非常に心許ない状態です。今回の事件を機会に、大人の「正確な」食物教育をもう一度問い直したいところです。その機会を大人に与えて欲しいと願います。

実のところ、僕もまだ知らないところがたくさんあります。食べ物の教育は、家庭科の時間以来、公的には行われていないと思います。親からいくらか教わってはいますが、21世紀の生活食事事情というのも変化してます。仮に「昭和の食事がイイ」と言っても、昭和のいつか?どの地方か?どの所得階層か?にもよっても随分違ってきます。より科学的な根拠に基づく、食事情報の提供。公共の保健機関じゃ無理かなぁ。

なるべく、作り手の顔の見えるところで食事をしたいと思います。作り手も食べ手の顔が見えればこそ、「美味しく食べて欲しい」「チャンとしたものを」と思えると思います。作り手のそんな気持ちを引き出すためにも、「頂きます」「ごちそうさま」もちゃんと言いたいし、運んでくる人にも「ありがとう」を言うことで、間接的にも伝えられると思います。それは、庶民が安全に外食する知恵というか技術だと思います。