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2018年04月 の記事一覧

三ヶ日町農協 女性部総代会で講演しました

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静岡県浜松市北区にある三ヶ日町農協女性部総代会で「楽家事でいこう!家事が楽しいと一生楽しい」を講演しました。

講演の予定が決まり、講演までに必ずするのが、講演地のチェック。土地柄やその土地のニュースなどを探します。それと同時に、自分とのご縁を探します。友達がその地の出身であるとか、地元企業の製品を愛用しているだとか、なにか自分とつながりがないか探します。たいていは見付かるのですが、中にまったく見付からないまま講演地に出向くこともあります。

今回の三ヶ日。三ヶ日と言えば「三ヶ日みかん」というのが一般的だと思いますが、僕にとっては第三の故郷のような土地。今でこそ、浜松市の一部になっていますが、その昔は、引佐郡の一部でした。引佐郡を「いなさぐん」と読めるのは、難読地名好きか地元民。そして26年前の4月21日、僕はこの引佐郡に住んでいました。

正確には、三ヶ日町ではなく、「引佐郡細江町気賀9698-1」に滞在していました。細江町の中でも三ヶ日寄り。そして今回の講演の主催である「JAとぴあ浜松西気賀」の数百メートル東隣。残念ながら、細江町気賀9698-1は、今は更地になっていますが、以前はここにローランド西気賀寮がありました。新卒入社後、ここからローランド細江工場へ研修に通っていたのでした。

その西気賀寮から通った工場研修の前に、全社研修があり、その時は「三ヶ日青年の家」で過ごしました。この浜名湖の近くで過ごしていた頃は、順風満帆に思えたサラリーマン生活だったので、三ヶ日や細江にはいい印象が残っています。

講演は女性部総代会というだけのことはあり、参加者は女性が大半。家事の話をされてもピンとこない…なはずはなく、終始笑い声の聞こえる楽しい講演になりました。

農作業というのは、生産過程の中に家族共同の機会が残されている貴重な産業。昭和初期までは、工場労働やサービス業従事者以外の家で、家族総出で田畑や小売店で生産活動をしていたので、家族の共同作業は山ほどありました。共同作業は時間や経験、情報の共有をうむし、そこから「刈り取りが無事に終わってヨカッタ」「たくさん売れたバンザイ!」「台風でタイヘンやったなぁ」など共感する機会も多かったはず。

現代は家族で共同する機会はなかなかありません。共同作業がないから共有するものも少ない。共感するコトなどもっと少ない。そして家族はバラバラになっていく。そんななかで、家事だけ頑張ってみても、虚しいもの。共有するモノやコトがあるから、つながりも実感できます。「あの頃は」「あそこで」といったような指示語で伝わり合う会話は、そういった共有によってつながる関係の象徴でしょう。それを得やすいのが農業だったはず。敢えて共同を設定しなくても、よかったのが農業。次第にお父ちゃんだけが作業する農家も増えているようですが、そうなると、やはり勤め人世帯と同じように、敢えて共同を設けないと。その時、どの家でもやることで、全員が関われるのが家事。家事共同は「美味しいね」「キレイになったね」「片付いてスッキリ」を共有できます。

天気の良すぎる三ヶ日町文化ホールでの講演。時間の都合で、開会後に到着し、閉会前に会場を後にすることになり、参加者とほとんど交流できないまま終わってしまったのが心残り。これはまた次の機会にでも。
 

東京新聞連載 116回 ごみ収集

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ごみ問題はどこも深刻。とくに空洞化が進んだ町は深刻。記事で触れたような町内会でごみ当番をしている地域は、今、共働き化と高齢化で当番が成立しなくなってきています。町内会というシステム自体が機能不全に陥っている場合も。

この記事をリリースするにあたり、あちこちのごみ収集事情を調べてみたところ、はやり戸別回収地域が増えてきているようです。「真空式ごみ収集方式」というシステムを採用している地域もあるようですが、リサイクルを中心とした循環型社会の形成には向かないことから、廃止になる地域もあるようです。

アメリカで経験したディズポーザーは一つの提案型スタイルではあるでしょう。ただし、環境負荷が大きいのが欠点。記事の最後にも、「外国のように、生ゴミをシンク下に設置した『ディズポーザー』という機会で粉砕し、下水に流すような仕組みを整えるくらいの劇的な政策転換も望まれます。」と触れたところ、「ディスポーザーが環境負荷が少なくないのを知らないのか!」とのお叱りが編集部に来たとか。ディスポーザー万歳というスタンスでないことは、よく読めば理解してもらえるかと思ったのですが、なかなか思ったようには伝わらないものです。都内でもディズポーザーが設置されたマンション物件があります。マンションの地下に処理施設を設け、そこで一次処理をした物を下水に流しているようです。

求められるのは、環境負荷が少なく、かつ住民負担も収集負担も少ないごみ収集方式のアイデア。「環境負荷が大きいのはけしからん」というのはわかりますが、それに変わる抜本的なアイデアが存在しないのも事実。現代において、ごみを出さない人などほぼ存在しません。皆でアイデアを振り絞らないと、早晩、地域の担い手はいなくなるし、ごみ収集の担い手もいなくなる。批判だけでは前に進みません。

台湾の高雄市では、夜の8時から9時頃にごみ収集車が回っていました。夜なら人がいるからでしょうか。これはこれで一つのやり方でしょう。日本で導入するには、その時間に家に帰っていないといけません。働き方改革も必要になります。

ごみ問題は、奥が深い。学生時代、環境経済学のゼミだったのもあり、非常に関心のある領域。また、機会があれば、連載で触れようと思います。