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2018年10月 の記事一覧

長野県伊那市で講演しました

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長野県伊那市で<第20回男女共同参画社会をめざす 伊那市民のつどい」で「今日からできる とも(共・友)家事のコツ」を講演しました。

長野県での講演は6回目。残念ながら、ほとんど曇りもしくは雨。今回も、出発時の京都は雨。それが名古屋駅到着の頃にはすっかり青空。途中の木曽福島駅でお迎えの車に乗るまでは、ほぼ快晴。特急しなのの車窓も楽しめました。そして車で権兵衛峠を越えて青空の伊那市へ。天気の変わりやすい秋で、貴重な晴れ間の伊那市での講演。
 
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僕の出番は、カジダン、イクメン、イクジイフォトコンテストの表彰式の後。表彰式には若い人達もたくさん参加。「こりゃ講演もかなり年齢層若め?」と思っていたら、表彰式が終わると、その席はゴソッと空席に。ちょっと残念。でも一組の夫婦が交替交代で子どもの面倒をみながら講演に参加してくれたのは、うれしかったです。彼らに僕から最優秀賞をプレゼントしたかったです。

すぐに帰ってしまう小さな子がいるカップルのことも理解できます。「ちょっとくらい騒いでもイイよ」「子どもはそういうモノ」という空気はあまり感じられません。少子化の影響か、子どもがいることに慣れていない社会。子どもが泣くと「うるせぇなぁ、親はなにしてるんだ?」という空気感。それでは、サッサと帰った方がいいだろうな…と思ってしまいます。まさに少子化の悪循環。

講演は、かなり熟れてきた内容で、もはや残り時間表示をほとんど見なくてもピッタリに終われるくらい順調。質疑応答では、より実践的な「どうやったら共家事がスムーズに誘導できるか?」という質問も。なかなか全員にいえる法則的な誘導方法はなく、まずはその人の観察から入り、どういう誘導が使えるか?を見極めることが大事という、なんともボンヤリとした返答しかできませんでした。こればっかりは、実際に会って双方の話を聞いて、これまでの家事シェアの経緯などを踏まえてでないと、「この方法がいい」は出ません。

家庭の数だけ家事のやり方があるように、家事シェアのやり方も家庭の数だけあります

から。
当然ですが、「今、自分がやってるとおりの家事」は他人には、良くも悪くも不可能ということだけは言えます。

控え室でもしばらく家事談義。担当課長さんからは、

「講演の終盤で『ありがとう』という言葉の話がありましたが、あれって使いすぎると軽くなりませんか?もっとより『ありがとう』を表すにはどう言えばイイでしょうね?」

と質問がありました。ヒントとして「○○してくれて、ありがとう」と具体的なありがたいと思う対象を言うと、より伝わることを答えました。「片付けてくれてありがとう」「洗ってくれてありがとう」などです。

講演会場を後にする頃には、パラパラと雨。参加者の中には、「せっかく外に干してきた洗濯物が…」という人もいたかもしれません。会場を出る時に「あ~あ」と思った人は「自事」意識のある人。それは素晴らしいコトです。共家事の大事な要素。それは家事意識ではなく、自事意識。自分の事は自分でする!です。

 

東京新聞連載 128回 ていねいと楽

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「ていねいと楽」「価値観の尊重が大事」というタイトル。今回は、この数文字だけでも通じる内容です。タイトルは、毎回、編集担当さんが付けてくれます。

家事に限らず、「そろってないと気が済まない」「順番に並んでないと落ち着かない」などなど、そういうコトが多ければ多いほど、背負い込むモノは大きくなります。気が済まなかったり、落ち着かないことを無理にガマンせよ!とは言えませんが、アレもコレも気が済まないようでは、周囲の理解も得られません。他人には、なかなかその落ち着かない気持ちは伝わりません。

家事で、そういう自分だけのコダワリを貫き通したかったら、それはもう一人暮らししかありません。それはそれでイイのです。やりたい放題できるのが、一人暮らしのいいところ。それでいながら「寂しい」「私ばっかり家事」は都合が良すぎです。好き勝手は孤独と表裏一体。

…とはいえ、分かっちゃいるけど、ついコダワッてしまうのです。「これじゃ、誰の手助けも得られなくて当然」と、自分でも矛盾を理解しながらも、ついコダワッてしまうのです。家事の現場は、そんなマヌケな自分との対峙でもあります。家事シェアへの道は、そう単純ではないのです。ただ、「マヌケだと自分でもわかってるんだけどね」とひと言伝えるだけで、ちょっとは道が開けるのも、家事シェア。

意固地にならず、「ていねいは自分の趣味!」くらいに考えるとイイと思います。


ちなみに一段目の、妻の「ちょっとくらいズレててもイイじゃないの」の後ろには、たまに「あけみちゃん」がくっ付き、僕の答えは「ダメよ~ダメダメ」ですが、あまりにも懐かしいネタなのと、コテコテなのでカットしました。

 

日経プラス1(2018年10月13日)

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2018年10月13日付け日経プラス1の裏面「すっきり生活」に記事が掲載されました。

今回は、文章だけでなく、写真でも登場。高圧洗浄機で、排水マスを掃除しているところ。「へっぴり腰やなぁ」と妻からのツッコミ。この写真。三脚を立てて一眼レフをセット。ファインダーではなく、液晶画面でチェックしながら撮るモードにすると、リモコンでシャッターを切っても、ピント合わせでタイムラグが数秒生じるという、ちょっと前のモデルならではの特性を活かした撮影。右手の中にはシャッターのリモコンが隠れているのです。

S字管の写真は、友人の手が出演。期せずして手タレデビューさせてしまいました。S字管の中から歯ブラシが出てきた写真なのに、それが今ひとつ伝わらない写真になったのを後悔。お風呂場の写真もその人のお宅のお風呂。ウチの風呂はグレー系なので、写真に撮るとなんだかよくわからない物体に写るんです。

煙突ブラシは、別の友人に協力してもらって、汚れがゴボッと出てくるところまで撮影したのに、あまりのリアルさに不採用に?

今回は、友人宅2軒に協力してもらいました。「掃除のイイ機会になったわぁ」と言ってもらえてホッとしてます。

 

連合和歌山でセミナーしました

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連合和歌山青年委員会で時短家事セミナーの講師をしました。連合和歌山で呼ばれたのは、今年6月2日(この時)以来。

前回はワーク・ライフ・バランスの概論みたいな内容だったのに対して、今回は具体的な家事実践セミナー。二部構成になっていて、前半は講義形式、後半は調理実習。

時短家事というテーマに対して、かなり悩んだ今回のセミナー。家事ゼロ生活は、どこまで可能か?家事を減らす際に、躊躇したり歯止めになったりするモノはなにか?一人暮らしなら最小限の家事でいけるのに、共同生活になると少しずつ増えていくのはなぜか?子どもができた時の爆発的な家事増加をどうとらえるか?いろいろ考えたり、調べたりしたうえで、「聞きたいことに答えるのがベスト」ということで、今回もJAM大阪でやった(この時)のと同じく、リクエスト番組方式を採用。

興味深かったのは、若者の家事負担は洗濯関連に集まっていたこと。食事は外食や中食ですむし、気が向けば自分で料理をするという感じで、自分のペースでできる。掃除はとりあえずやらなくても暮らせる。洗濯だけは、溜めると着る物がなくなるからやるという迫られる家事。確かに、僕も一人暮らしをしている時は、そんな感じだったと思い出しました。

洗濯しているとだんだん黄ばんでくる、色あせてくるのはどうしたら防げますか?アイロンが面倒だ。タオルを洗うとゴワゴワになるのはなぜ?部屋干しの臭い対策など、いろいろ具体的な内容が出てきました。いろいろ解説していると、アッという間に時間が過ぎる。一部の初っ端に、まず米を洗って炊飯器をセットするところから入った今回のセミナー。ちょうど一部が終わる頃に炊き上がりの合図。それをもって一部が終了。「複数の料理を作る時の効率up方法が知りたい」というリクエストには、実践をもって対応できました。

二部は料理実習。メニューは親子丼、小松菜のおひたし、わかめと揚げの味噌汁の三種類。時短セミナーなので、鶏肉はそぎ切り、調味料の配合はダシつゆを使ったり、だし入り味噌を使ったり。

青年部のセミナーなので、若い人達が中心だけど、家事は慣れている人がいる反面、ほぼ初めてのような人も。そして、お手本のような味噌汁が登場!それが一番上のわかめだらけ味噌汁。乾燥わかめが水分を吸ってどのくらいどのくらい膨張するか?は、経験のなせるわざ。「食べる味噌汁」と命名。そして、この班の料理が講師の僕の食べる料理になっていたのを、命名時に知ったのでした。

ほぼ初対面の人達で構成された実習班は、最初の炊飯器セットの時は、本当にぎこちなかったですが、料理を食べ終わる頃には、和気あいあいな空気に。一緒に作って一緒に食べるというのは、なかなか無い経験かもしれません。そういえば、参加者の中には、別の集まりでカレーを作る会があり、そこで一緒に作った男性と結婚したという人もいました。

参加者には、事前に保存容器を持ってくるようにと指示があったようで、皆さん、食べきれなかった分は持ち帰っていました。だいたい、こういう教室の料理は多すぎるんです。足りないよりは多すぎるくらいの方が良いという、昭和的発想です。今回の参加者はほぼ平成生まれだったので、こういう設定も考え直すべきですね…と昭和人として反省。

セミナーの後は、主催幹事の皆さんと喫茶店へ。女性は1名でのこり6名は男性ばかりだったけど、後から後から家事についての話がでてきて、セミナー自体の「やらされ感」よりも、自分たちが「聞きたかった感」が伝わってきました。

和歌山への出張は、最近、晴れすぎるくらい晴れです。今回もイイ天気でした。

 

東京新聞連載 127回 炊き出し

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今年は、本当に地震、台風や大雨による災害のニュースをよく聞きます。できれば、災害による炊き出しなど、一生経験しない方がイイのですが、災害時の限らず、例えばBBQパーティーなど、数人が集まって料理する可能性も、無いことは無い。

ぶっちゃけて言えば、切り方なんて、どうでもイイんです。ただし、自分だけで食べるならという条件付き。

同じ材料は、同じくらいの大きさにした方が、火の通りがそろって料理しやすいし、そろっている方が食べやすい。例えば、ジャガイモは火が通り過ぎてグタグタなのに、ニンジンはまだカッチカチという状況を避けるためだ。ジャガイモとニンジンを似る場合、火の通り方はイモとニンジンそれぞれ違うし、それぞれの品種によっても違う。だいたい同じくらいの火の通り具合になるだろうと予測したうえでのサイズ決めにした方がいい。

このさじ加減は、勘による部分もある。皮を剥いたり、一口大に切っている最中に、「このイモは、スカスカしてる」と感じたり、「ネットリした感じ」と気付いたり。それに合わせて、大きさを変えたり。「男爵イモだからこの大きさ」「キタアカリだから2センチ角で」と公式化しにくい部分。それが料理の難しさでもあり、楽しさでもある。

難しいコトばかり言ってても、炊き出しは始まらない。多少のことはおおめに見ようではないか。僕もとぼけた家事をやってる可能性はある。仮に、肉じゃがのニンジンがささがきでも、食べられないことはない。そして、お父ちゃんがささがきにしてしまうのには、その家ならではの、ノッピキならない事情があるのかもしれない!というのを記事にしました。

そういえば、マズそうな煮物ということで思い出したのが、映画「ロード・オブ・ザ・リング」の「二つの塔(スペシャル・エクステンデッド・エディションSEE版)」に出てくるエオウィンのスープ。

ギムリに「どうぞ」と言うと、食いしん坊のはずのドワーフなのに、「いや、けっこう」と断る。アラゴルンは断れずに一口飲む。「・・・・うっ・・・・う、ま、い」と言うのが精一杯。腹ペコの旅の一行のはずなのに、そのスープを捨てようとまでする。それほどまでに不味かったのか!エオウィンのスープは「ジャイアンシチュー」だったのか?!

ふと、炊き出しのスープで思い出したシーンでした。