三ヶ日町農協 女性部総代会で講演しました

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静岡県浜松市北区にある三ヶ日町農協女性部総代会で「楽家事でいこう!家事が楽しいと一生楽しい」を講演しました。

講演の予定が決まり、講演までに必ずするのが、講演地のチェック。土地柄やその土地のニュースなどを探します。それと同時に、自分とのご縁を探します。友達がその地の出身であるとか、地元企業の製品を愛用しているだとか、なにか自分とつながりがないか探します。たいていは見付かるのですが、中にまったく見付からないまま講演地に出向くこともあります。

今回の三ヶ日。三ヶ日と言えば「三ヶ日みかん」というのが一般的だと思いますが、僕にとっては第三の故郷のような土地。今でこそ、浜松市の一部になっていますが、その昔は、引佐郡の一部でした。引佐郡を「いなさぐん」と読めるのは、難読地名好きか地元民。そして26年前の4月21日、僕はこの引佐郡に住んでいました。

正確には、三ヶ日町ではなく、「引佐郡細江町気賀9698-1」に滞在していました。細江町の中でも三ヶ日寄り。そして今回の講演の主催である「JAとぴあ浜松西気賀」の数百メートル東隣。残念ながら、細江町気賀9698-1は、今は更地になっていますが、以前はここにローランド西気賀寮がありました。新卒入社後、ここからローランド細江工場へ研修に通っていたのでした。

その西気賀寮から通った工場研修の前に、全社研修があり、その時は「三ヶ日青年の家」で過ごしました。この浜名湖の近くで過ごしていた頃は、順風満帆に思えたサラリーマン生活だったので、三ヶ日や細江にはいい印象が残っています。

講演は女性部総代会というだけのことはあり、参加者は女性が大半。家事の話をされてもピンとこない…なはずはなく、終始笑い声の聞こえる楽しい講演になりました。

農作業というのは、生産過程の中に家族共同の機会が残されている貴重な産業。昭和初期までは、工場労働やサービス業従事者以外の家で、家族総出で田畑や小売店で生産活動をしていたので、家族の共同作業は山ほどありました。共同作業は時間や経験、情報の共有をうむし、そこから「刈り取りが無事に終わってヨカッタ」「たくさん売れたバンザイ!」「台風でタイヘンやったなぁ」など共感する機会も多かったはず。

現代は家族で共同する機会はなかなかありません。共同作業がないから共有するものも少ない。共感するコトなどもっと少ない。そして家族はバラバラになっていく。そんななかで、家事だけ頑張ってみても、虚しいもの。共有するモノやコトがあるから、つながりも実感できます。「あの頃は」「あそこで」といったような指示語で伝わり合う会話は、そういった共有によってつながる関係の象徴でしょう。それを得やすいのが農業だったはず。敢えて共同を設定しなくても、よかったのが農業。次第にお父ちゃんだけが作業する農家も増えているようですが、そうなると、やはり勤め人世帯と同じように、敢えて共同を設けないと。その時、どの家でもやることで、全員が関われるのが家事。家事共同は「美味しいね」「キレイになったね」「片付いてスッキリ」を共有できます。

天気の良すぎる三ヶ日町文化ホールでの講演。時間の都合で、開会後に到着し、閉会前に会場を後にすることになり、参加者とほとんど交流できないまま終わってしまったのが心残り。これはまた次の機会にでも。
 
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