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東京新聞連載 139回 もっと自由に


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2011年9月5日から始まった「スーパー主夫 楽家事」連載の最終回。最終回というので気合いが入りすぎていたのか、それとも「コレで最後」と気が抜けたのか…入稿締切日にも関わらず、一行も書けてませんでした。それどころか何を書くかも固まってなく、最後の最後で大ピンチを迎え、「エイヤ!」とまとめた記事です。

まとめた記事と言えば、聞こえはいいのですが、実は、某SNSにメモ書き的に投稿した文章を整理しただけです。

サブタイトルに「『こうあらねば』と決別を」とありますが、僕としては「『こうあらねば』から自由に」が、サブタイトルも含めたタイトルになるかな?と思います。

家事ゼロもありだし、家事やり過ぎもあり。ただ「家事」というからには、その構成メンバーの納得が必要。一人暮らしなら、自分勝手に家事する自由があるけど、複数メンバーがいれば、やっぱり皆でカタチ作るもの。誰かが楽して、誰かがシンドイというシステムでは長続きしません。

私の自由から、家族の自由に置き換えた時、私個人の最大自由は失われるわけですが、例えば、家族三人で話し合って形成した家事が、私一人でする家事よりも、もっと効率的になる可能性もあるわけです。「三人寄れば文殊の知恵」です。逆に、「船頭多くして船山に上る」になる可能性もあります。複数のメンバーが知恵を出し合い、ベストな快適生活を作り上げるには、話し合って形成することと、変化に柔軟に対応していくことが求められます。結局のところ、家事も仕事も、家庭のチームも仕事のチームも必要な要素は似ています。

このコトこそが、ワーク・ライフ・バランス…というか、ワーク&ライフ相乗効果というモノだと思います。

どんなに散らかっていても、どんなに手を加えない料理を食卓に並べても、家族みんなが納得して、楽しく暮らしているのなら、それでイイんです。家事を頑張ったら明るい家庭になる!料理の手を抜かないから食卓の会話がはずむ!という法則はありません。頑張ってるのにケンカばっかり、丁寧に料理してるのに家族は残してばかり…という状態では虚しいばかり。
 
「家事は楽しい生活のための手段」です。「手段」に過ぎません。そして「楽しい生活」という感覚は、人それぞれですし、家庭によってそれぞれです。自分たちがどうありたいか?それと向き合い、それができるような家事を皆で考えて形成することが大切。隣の家事と一緒でなくてイイんです。テレビや雑誌で紹介されている家事なんて、所詮サンプルの一つです。自分たちと違っていて当たり前。
 
気楽に自由に柔軟に、自分たちの適当家事を見付けて欲しいと願いながら、この連載は一段落となりました。次回からは「シニアの楽家事」というタイトルでの連載になります。

 
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