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2019年03月 の記事一覧

東京新聞連載 139回 もっと自由に


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2011年9月5日から始まった「スーパー主夫 楽家事」連載の最終回。最終回というので気合いが入りすぎていたのか、それとも「コレで最後」と気が抜けたのか…入稿締切日にも関わらず、一行も書けてませんでした。それどころか何を書くかも固まってなく、最後の最後で大ピンチを迎え、「エイヤ!」とまとめた記事です。

まとめた記事と言えば、聞こえはいいのですが、実は、某SNSにメモ書き的に投稿した文章を整理しただけです。

サブタイトルに「『こうあらねば』と決別を」とありますが、僕としては「『こうあらねば』から自由に」が、サブタイトルも含めたタイトルになるかな?と思います。

家事ゼロもありだし、家事やり過ぎもあり。ただ「家事」というからには、その構成メンバーの納得が必要。一人暮らしなら、自分勝手に家事する自由があるけど、複数メンバーがいれば、やっぱり皆でカタチ作るもの。誰かが楽して、誰かがシンドイというシステムでは長続きしません。

私の自由から、家族の自由に置き換えた時、私個人の最大自由は失われるわけですが、例えば、家族三人で話し合って形成した家事が、私一人でする家事よりも、もっと効率的になる可能性もあるわけです。「三人寄れば文殊の知恵」です。逆に、「船頭多くして船山に上る」になる可能性もあります。複数のメンバーが知恵を出し合い、ベストな快適生活を作り上げるには、話し合って形成することと、変化に柔軟に対応していくことが求められます。結局のところ、家事も仕事も、家庭のチームも仕事のチームも必要な要素は似ています。

このコトこそが、ワーク・ライフ・バランス…というか、ワーク&ライフ相乗効果というモノだと思います。

どんなに散らかっていても、どんなに手を加えない料理を食卓に並べても、家族みんなが納得して、楽しく暮らしているのなら、それでイイんです。家事を頑張ったら明るい家庭になる!料理の手を抜かないから食卓の会話がはずむ!という法則はありません。頑張ってるのにケンカばっかり、丁寧に料理してるのに家族は残してばかり…という状態では虚しいばかり。
 
「家事は楽しい生活のための手段」です。「手段」に過ぎません。そして「楽しい生活」という感覚は、人それぞれですし、家庭によってそれぞれです。自分たちがどうありたいか?それと向き合い、それができるような家事を皆で考えて形成することが大切。隣の家事と一緒でなくてイイんです。テレビや雑誌で紹介されている家事なんて、所詮サンプルの一つです。自分たちと違っていて当たり前。
 
気楽に自由に柔軟に、自分たちの適当家事を見付けて欲しいと願いながら、この連載は一段落となりました。次回からは「シニアの楽家事」というタイトルでの連載になります。

 

大阪いずみ市民生協で講演しました

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大阪いずみ市民生活協同組合の2018年度第2回広報モニター交流会講演で「スーパー主夫にきく!家事がラクになる魔法のお話し」を講演しました。僕も京都生協の組合員で、グループ配達も店舗購入もしているので、地域は違えどもとても馴染みのある組織での講演でした。

いつもの90分セットではなく、60分の講演時間。それに質疑応答が15分。少し短くなるだけ…と思っていたら、意外とこれが難しい。片付けは、いつもの散らかる3つの原因(モノが多い、収納スペースがない、片付ける習慣がついていない)の説明が抜けてしまいました。その代わり、片付き&散らかり状態曲線という新たな説明はできました。

片付けた直後の状態は、美しいし気持ちも晴れやか。それを維持しようとする場合、一番手っ取り早いのは、片付けた後そこで暮らさないこと。つまり100%の片付け状態では日常生活できない非日常状態。これを基準にしたり目標にするから、ものすごく頑張らないといけなくなる。現実的な目標値として、60~80%くらいの片付けを基準にし、そこから大崩れしないことを目標に設定するのがポイント。

時短料理の紹介では、僕が以前、YouTubeでも紹介した、冷凍バラ挽肉を使った5分でできる!包丁を使わない炒飯を紹介しました。なにしろ、この冷凍挽肉は生協で購入している商品。それに「北海道のミックスベジタブル玉ねぎ入り」を混ぜて作るのですが、ともにコープ商品。意外と使われていないこの冷凍バラ挽肉。冷凍バラ豚細切れと共に、時短料理において、とても使い勝手のいい商品だと思います。受講者の中に、僕とまったく同じ材料を使って、ケチャップライスを作っているという方がいました。行くところに行けば、同じような人が居るんですね。



事前に家事の悩みを主催者に聞いてデータを送ってもらい、それをもとに悩みに答える形式を中心にしました。その前に、家事は楽しい生活のための手段であるとか、家電化は必ずしも家事をラクにしてこなかったという話、メディアで流れる家事(ハレの家事)と実際の日常家事(ケの家事)があって目標を間違えるとシンドイという話をしました。

悩みに答える前に、もう一つ前提があり、それを話さないといけなかったのですが、それをスッ飛ばしてしまいました。実は、本当に家事の悩みに答えるのなら、それは各家庭個別にカウンセリングと実地調査をしないと解決できないということ。講演で紹介する提案は、具体的な解決策であればあるほど、「その問題」にしか対応できません。その事例をもとに、「うちの問題」ではどうか?とアレンジすることが求められます。「その問題」がそのまま「うちの問題」に使える場合はきわめて少ないからです。そのような理由から、講演では普段からあまり具体的すぎる解決策の提案はせず、そのかわりに問題の背景や構造、原因などを説明することで、「うちの問題」をどうするか?に向き合う方向性を提案するようにしています。方向性が分かれば、あとは、各家庭にあわせて、金で解決するもよし、人海戦術もよし、見える化・可視化で乗り切るもよし、決まり事を作っていくもよしです。

家事は楽しい生活のための手段。少々散らかった家でも、家族仲良く過ごせる方がいいと思いますし、手抜きな料理が並んでいても笑顔のある食卓がいいと思います。100点を目指して気張りすぎ、「今日もダメだった」とガックリせず、「不可」ギリギリの60点あればイイんです。その方が、たまに90点が取れた時に喜べますし。直接、こういう話にはなりませんでしたが、こんなイメージが伝わったのでは?と、帰宅後に送られて来た講演アンケートを読みながら感じました。

 

東京新聞連載 138回 米国の丼

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記事の中に出てきた、アメリカの店は、フロリダ州タンパにある「Chop Chop Shop」です。
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店の照明が赤基調。何もかもが赤!ロシアのレストランでも…いや、ソ連のレストランでも、ここまで真っ赤っ赤ではないと思いますし、中国でもこんな赤い照明の店はないと思います。

いったい何を食べているのか、まったくわからない。日本語で言うなら「闇鍋」ならぬ、「闇丼」状態でした。

で、試しに、フラッシュ付けて写真を撮ってみたら、
 
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こんなにカラフル。というか、カラフルすぎでしょう。せっかく、こんなにカラフルなのに、照明で無駄になってる気がします。この次の日に寄ったレストランも日本だと暗すぎる照明で、せっかくの料理が今ひとつでした。食事の際の、適切な明るさは大切だと思いますが、あちらの人達はあれで慣れているのでしょうか?

さてさて、記事内容の「丼の可能性は無限大」という話については、昔、『美味しんぼう』に登場する、落語家の快楽亭ブラックの台詞にあったのを覚えています。あの時は、「無限大?」と思いましたが、やっぱり僕の丼感覚は、「こうあらねば」に支配されていたようです。このようなアメリカン丼と接するに「可能性は無限大かもな」と思えました。
 
記事の最後に、例えば…で紹介した「魚フライ丼」は、ありそうでない丼だと思います。かきフライ丼なんかも、なんだかオモシロそうです。そして、「月末丼」。これは、どの家庭でも作れる「闇丼」ですね。
 
この連載は、次が最後になります。
 
 

東京新聞連載 137回 自動と手動

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機械のいいところは、どんなに不器用な人でも、ちゃんと操作すれば平均点を出してくれること。はじめての人や、どうしても苦手な人には強力なサポートになります。

とはいえ、あくまでも平均点。できる人にとっては、物足りないところもあるはず。記事では、細かいさじ加減については具体的に触れませんでしたが、例えばコーヒーメーカーだと、コーヒー豆の種類や挽き方の荒さによって、お湯の量はビミョウに違ってきます。炊飯器の水量も米の銘柄や炊く火の気温や湿度で、少しずつ違ってきます。

少しくらい変えても、大差がないといえばその通り。ただ、その差をメンドウと思うか、オモシロイと思うかは、その人次第。僕はオモシロイと思えるから、今こういう仕事をすることになっているのだと思います。さいわい、身近にメンドウと思う権化のような人がいるので、そちら側からの視線も理解できます。

そんなメンドウの代表選手でも、柔軟剤にはこだわっていたり、本当に人それぞれです。それぞれがそれぞれのオモシロイと思うポイントを活かせる環境作りが大切だと思うし、みんながメンドウだと思うところは、どんどん機械化してイイと思います。とりあえず井戸での水汲みは、皆さん機械化で問題ないように。