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家事ジャーナリスト山田亮の講演や執筆などの仕事記録です。 家事で楽して生活を楽しむ!家事がオモシロイと一生楽しい!

食育の模範は刑務所食?から「手段」と「目的」の話

2007/09/08
僕の家事論 0
「くさい飯」 本当はうまい?

38年間刑務官を務めた元大阪矯正管区長の長谷川永・龍谷大客員教授の話では、「70年代、米国で監獄暴動が頻発した際、原因として必ず食事のまずさが挙げられた。」

うまいご飯で仲良く過ごせるかどうかはともかく、まずい飯は荒れる原因になる可能性が高いと言えそうです。

「インスタント食品の普及で、一般の食事が変化してきた。刑務所や拘置所の食事がおいしく感じるのは、いまも手間ひまかけて調理するからではないか」。矯正局の担当者はそう話す。

これらは、まさに「食育」!

まぁ、逆に言うと、食べるくらいしか楽しみのないところでは、手間暇かけた調理が必然になるでしょう。「昔は良かった」的解釈は簡単ですが、生活全般の変化を考慮すると、食べている物だけを取り出して議論するのもどうかと思います。

ところで、食育をキチンとするのは決して間違いじゃありませんが、そのコトによって何を得たいのか?が大切だと思います。食育は、ある方向へ向かうための「手段」のはずです。「目的」はなんなのか?これを自分で考えない限り、情報に流され自分を失うだけだと思います。

「○○力」「☆☆能力」「※※資格」「かっこいい車」「立派な家」「手間暇かけた料理」「昇進」「大金」「名声」…それらで自分は何したいのか?どうありたいのか?そのありたい姿は、それらが無いと実現不可能なのか?

僕は、「普通の生き方」からコースアウトした時からこれを考え始め、さいきんやっと執着しているモノやこだわりが少しずつ減ってきた気がします。

火曜日のワークライフバランスの講演で、再び

「時間が創出された時、あなたはその時間で何をしたいですか?」
「それをするために必要な時間はどのくらいですか?」
「そのために、今、できるコトはなんですか?


をトライしてみようと思います。
ワークライフバランスも男女共同参画も「手段」です。おそらく、楽しい生活や心地の良い暮らしが「目的」のはずです。「目的」への道は、人それぞれで多様に存在するはずです。
明日の小諸市での講演では、もうちょっと具体的な話になると思うので、こういう生き方的な話は、質問が出れば答えるくらいに準備する予定です。
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