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家事ジャーナリスト山田亮の講演や執筆などの仕事記録です。 家事で楽して生活を楽しむ!家事がオモシロイと一生楽しい!

草むしりは罰としてするコトではない

2013/10/14
掃除 0
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連休初日の一昨日、玄関まわりと庭の草の手入れをしました。それでフト「草むしり」について考えた。

JR福知山線の脱線事故の時、JR西日本の「日勤教育」というのが取りあげられた。仕事でのミスに対して、職場で行われる懲罰として、罵声を浴びせたりリンチまがいのことが行われていたと紹介されていたが、その中に、草むしりやトイレ掃除もあげられていた。

この懲罰行為としての草むしりやトイレ掃除は、JR西日本に限ったことではないと思う。僕も高校時代になんかの校則違反でトイレ掃除だか職員室掃除を1週間した記憶がある。このように、掃除が「罰としてやらされること」という位置づけになっている者も少なくないのではないだろうか?

ところが、JR西日本にしても学校にしてもそうだが、施設内の雑草が生え放題であったり、トイレが汚かったり、自転車置き場が乱雑になっていたりというのは、顧客や利用者にとってイイわけがない。その組織の印象や評判も悪くなる。競合が近くにあれば「アッチの方がキレイ」と二度と利用してくれない場合も出てくる。

顧客や利用者の立場からいうととても大切な場所の管理が、その組織では「罰だから」や「やらされる」というような低い意識で維持されているとしたらどうだろうか?

講演先や家事相談の場で、「急に人がウチにやって来る。そんな時、ここだけは掃除しておきたい!というのはどこですか?」という問いをすると、リビングや客間、玄関などをあげる人もいるが、大半の人は「トイレ」と答える。「例え使わないかもしれないけど、トイレくらいはキレイにして迎えたい」という。そのくらいトイレ掃除は迎える側にとっては大切なこと。

気持ちよく迎えるという「お・も・て・な・し」の気持ちがあるなら、そこまで気持ちが無くても対外的な高評価を維持したいなら、トイレ掃除や草むしりは、やらされるからするのではなく、すすんでやるべきだ。今はどうかわからないが、未だに罰則としてトイレ掃除や草むしりをさせる組織があるのなら、それは間違いだと声を大にして言いたい。例え、従業員しか使わないトイレであっても、身内しか使わない勝手口のまわりの雑草であっても、キレイは気持ちがイイ。職場にキレイがあることを、否定的に解釈する人はいないはずだ。一人一人がすすんで掃除をする組織は、きっと働く意欲も高いはずだ。

掃除というのは、やったらやっただけ成果でる。しかもわりとすぐに、その成果を確認することができる。行為と結果がダイレクトに短時間で一直線に結びつく、とても珍しい作業だ。頑張ったら頑張った分だけ成果がでる。そんな草むしりやトイレ掃除を、イヤイヤやるなどモッタイナイことなのだ。
 
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